12.31.2012

12月31日 活動大晦日


帰国に絡む報告会やら公用行事やらが終わり、
あとは任地で
クリスマスと新年のイベントや動物とのふれあいをのんびり楽しんで帰国

なんてことは当然ないわけで。

最後のミッション、
インフォメーションセンターの展示更新に追われ続けて早大晦日。

お約束通りな感じだ。


ひと月前、それこそ旅行に行く前に段取りをして担当のアイザックに引き継いでいったにもかかわらず(ていうかお前の仕事だ本来)
旅行から帰って来てみたら
プリンターは調子がおかしくなったまま放置されているし、
修理に出していたラミネーターは戻ってきていないし、
業者に発注している特大パネルは未納品。


・・・おい。

クリーニングでなんとかプリンターを復活させ印刷を出し、
報告会の合間などに弊社事務所のラミネーターをフル活用し、簡易パネル類を作成。

手があいているボランティアが手伝ってくれて設置を終えた。有難い。


入口のボードの写真コラージュ。
ジェームズ君が頼んでいたWelcomeメッセージのことをすっかり忘れている様子なので、スタッフが働いているところの写真をペタペタ貼って埋め合わせてみる。


パネルはシンプル。
でもテーマごとにゾーニングをしっかりした。

で、ブック型の資料とか

タッチする羽標本とか、
ちょっと「ハンズオン」なものを置いてみた。

最も、
骨とか標本とかは皆ばんばん触りまくるのでわざわざ作んなくてもある意味全部ハンズオンだから今更いらない気もするけれど。

ということで、
あとはもう本日、特大パネルを待つだけだった。


そして。


朝からの再三のアイザックの催促コールの甲斐があり、ついにパネルが届いた。

夕方5時過ぎに。



・・・定時後に届くって何かの嫌がらせだろうか。



しかも今日は大晦日で、
明後日にはここを離れることもあって、
何人かがビールでも飲みに行こうと誘ってくれている。
でも明日がイベントだから今日中に設置したい。
さっさとやろう。

と、パネルの包装を解く。


これ、私がデザインしたはずなのに
・・・なんとなく違和感。

写真のレイアウトがちょっと変更されている・・・気が。

「指定したサイズより長くないかコレ?」
どうやらアイザックの発注ミスで、予定より長いデザインになって帰ってきた様子。
(印刷会社がデザインしなおしたらしい)

おまえなあああ!

本当に今回ばかりはちゃぶ台ひっくりかえしたい。
だって、あとがないし。

この長さでは掲示ボードにおさまらないし、上下に長すぎて読みにくい。
壁に直に設置するにしても、適したネジがない。

「しょうがない、明日設置しよう」
とアイザック。

ウガンダペースにあわせて、いつもならそれでもよかったんだけど

今回ばかりははあとがない。引けない。


大体にして絶対明日はやれないだろう。イベント当日で忙しい。

「仮止めでもいい。
今日設置して帰る。いいよね?」

これが最後だ。
絶対やれるところまでは終わらせる。

表だって切れないまでも一歩もひかない私の姿勢にびびったのと
一応責任は感じていることもあって、アイザックが同意し、設置作業を開始。


まずパネルは真ん中で切る。
サイズ調整。

壁に直接固定するための釘がなくて、アイザックが買いに走っている間、1時間ぐらい作業を中断して待つことになった。

もう外は薄暗いのに、休日モードのビジターがけっこう途切れなくやってきて作業中のインフォメーションセンターに入ってくる。

そして

設置したパネルを読んだり、羽に触ったりもしてくれている。

ちゃんと見てもらえている。嬉しい。

ここまでやってよかった。

明日も間違いなくたくさんの人が来る。
やっぱり最後に妥協しなくてよかった。

アイザックが帰ってきて、設置作業を再開。
終了したときは8時をまわっていた。

しかし、印刷会社の方も、
デザインいじるならいじるでもう少しやりようはなかったのだろうか。
全てのパーツの中で地図の凡例が一番巨大ってのはどうよ。

最後まで、つっこみどころには不自由しなかったなあ。


真っ暗になった園内を歩いて家に帰る2012年大晦日。
活動も大晦日。

明日が最後。
明後日にはここを出ていく。


追い込まれて作業を急いだのは、もう終わりだからなのに。
全くここを去る実感がない。

12.18.2012

12月18日 Rhino Paper Workshop for Keepers


旅行にでかける前から飼育課長オピオに
「飼育員に対してもサイフンぺーパー作りのワークショップをやってほしい」
とリクエストを受けていた。

ちょっと、きましたよ。
いい流れですよコレ。でも。

正直なところ、まあ忘れるか他の用事が入って流れる可能性が高いと話半分に聞いておいた。

でもエチオピアから帰ってきたら、ちゃんと忘れず日程を空けて待っていた。
嬉しかった。

ではこちらもしっかりご要望にお応えしましょう、ということで
最後の「Rhino Paper Workshop」を実施した。
Rhino paper makingについてはこちら参照


今回はパワーポイントで説明を作って説明のあと、各自1枚の紙を漉いてもらった。
やはりサイフン処理のプロセスには説明だけなんだけど関心が集まる。

こっちも進行慣れした、と言うのも大きいけれど、
普段から作業をこなしているせいか、教育セクションに教えたときよりも飼育員のほうが段取り、要領がいいし、熱心。

熱心さは、目的意識の高さのあらわれだと思う。
オピオやカヨンドは、このプログラムを7月のRhinoキャンプで実施した(こちら参照→)際に見ている。
それで自分でも実際、やりかたを覚えたいと思ってくれていたようだ。

すぐ要領を得てお互いの作業を補助しあう。

ここは日本以上に縦割りで、セクションで役割がきっちり分かれている。
飼育員を教育プログラムの実施にいかに巻き込むかっていうのが、長いこと懸案になっている。
協力してプログラムを実施することはあるけれど、大体はコミュニケーション不足で教育セクション側から一方的に通達する。
圧倒的に動物に関する知識のある飼育員側からすれば、正直面白くないことも多い様子。
不信感も根強い。

けれど、れまで関わった前任者、専門家の指導の積み重ねの中でも少しずつ変わりつつあるのも感じる。
この部分は何処かひとりの力ではなく、様々なアプローチの積み重ねの成果だと思っている。

そして、飼育員は教育プログラムに興味がないわけじゃない。
バックグラウンドの問題だけではなく、
積極的に関わりたいと思えるプログラムの選択肢が少なかっただけなのかもしれない。
そんな中で、サイフンペーパー作りがちょっと飼育員らの興味に響いたのであれば、双方が具体的に歩み寄るちょっとしたきっかけになってくれたら嬉しい。

道具は全部置いていく。
処理して乾燥させたサイフン繊維もまだたっぷりある。
Rhinoキャンプも毎年ある。

だからあとは、彼らがやるだけ。

12.15.2012

任国外:エチオピア③ ツーリズム編


エチオピア北部へいけばいくほど乾燥してきて


緑が乏しくなり
(というより東アフリカ的にはウガンダの緑ふさふさっぷりが凄いことを改めて認識)


雄大な、でも荒涼とした、景色がひろがる。


・・・岩窟教会とか作って修行しちゃいたくなる気持ちがわからなくもない。


さて、
教会も旅行者を受け入れるとなるとぶっちゃけ商売。

サングラスで目を保護しながらフラッシュ撮影に対応する司祭
(珍しいけどねフラッシュ撮影OKって)

他のところでも古い聖書を見せてくれたり、クロスを手に正装でポージングしてくれるたりと、司祭さま方、いろいろ(教会のために)頑張ってくれる。
ご苦労様です。

サービスしてもらったら、「チップ」を払う。
のは、当然としても。

ちょっとマイナーなところでサービスを受けたりしたときはけっこうチップ要求が露骨だったりもして辟易した。

案内を受けている間、ひたすらチップチップと言い続けたり
あげた額が少ないと露骨に嫌な顔をして舌打ちされたり
下手すると金額指定で入場料と同じ額のチップを要求されたり、と。

チップ慣れしていない私としては、満足して
「チップはずまなくちゃ♪」と思っている矢先にコレをされると
言われた瞬間に財布の紐がフリーズ。

とくに聖職者にやられるともう残念な感じ倍増。

理不尽なチップ要求には遠慮なくブチ切れつつも考えるに、
ツーリズムで得た利益を分配する仕組みとか、仕事としての意識が発展途上なんだろうな、と。
特に、メジャーではない観光地では、ツーリストと接する頻度が中途半端なだけに、その傾向が強くなるんじゃないかと。


例えば、ロッククライミングばりのアクセスで有名な教会に行ったときの場合、
ガイド以外に、鍵を開けてくれる司祭やら、クライミングのアシスタントやら、えらく人を介す。
こんなとこ登る↑

苦労してたどりついた先の教会の壁画&天井画は大変すばらしい。

のに、
入場料はというと150ブル(=10ドルにも満たない)。
全てをコーディネートしているはずのドライバーは我々の支払った札束を持っているが、そこからの支払いはガイドに対してのみ(この額もたかが知れている)。

そしてお客は毎日来るわけでもない。Maxでも1日20人ぐらい。
この仕組みでは分配するほど利益は出ないだろう。
取れるときに取れるところからもらおうって発想にもなる。

でもツーリズムとして確立していくなら、提供するサービスに見合う額は料金としてとったほうがいいように思える。
そのほうが気持ちよく払えるし、本来の感謝の意味でチップも出せる。
「チップに頼ればいい」という発想がまかり通るようになってしまったのは、恐らく西側の人々が習慣として躊躇なく出してきたからだよな(確かにドル換算するとたいした額ではない)。

ついでに。
このエリア、他にも岩窟教会が点在しているわけだが、すごい教会もしょぼい(はっきり言って)教会もどこ行っても一律150ブル。
同じ料金払っても、当たり外れが激しいこと。
ラリベラの周遊券みたいに一括である程度の料金払った中で、色々織り交ぜてみるなら不満も出にくいが、教会がしょぼい上にガイドとしてカタコトの英語しか話せない子供を連れてきたりされた日には全く納得できない。

「ラリベラがやっているみたいに同じエリアで周遊券にしたら?」
とガイドに聞いてみたところ
「エリアが広くてそれぞれ属するコミュニティが違うからそれぞれに支払う必要がある。でも料金は一律で平等じゃないと不満が出る」

・・・一緒なのか一緒じゃないのか、どっちなんだよ。

外からのツーリストのかかわりが現地の人の価値観を変えていく。
それがかならずしもいいとは限らない。

「ここはこういうやり方」とある程度受け入れるのも異文化を訪れる側のマナー。

とはいえ、
その価値観違う外国人相手に商売するならマーケティングも必要ではないかと。


活動を通しても思ったことだけれど、いろんな面において、
いつまでも「でもアフリカだから」ってばかり思っていちゃだめだ。お互いに。

ウガンダのエコツーのケースも含め、なんかイマイチに感じるの、根本的な問題はそこにある気がする。


今回、暖かいもてなしを受けたのは、地方の小さな町のホテルや食堂。
皮肉なことに、観光にあまりがつがつしていないところのほうがホスピタリティに溢れていた。
車窓から見える小麦畑で働く人々の姿は、質素だけどとても美しくて癒された。

トラブルもあったけど、
それ以上に、現地のいい人や、
一緒に行った人たちに、たくさん助けられた。感謝している。



蛇足。

アクセスがハードな岩窟教会の中には

こんな崖を紐1本をたよりに登る場所もある。
(聖人がヘビをどうこうした、という逸話に基づいているらしい。革紐をヘビに見立てている様子)

下まで行ってぽかんと口を開けていたら
上からおっちゃんが「Come!」とか言ってさらに紐を下してくれた。
しかし、
この紐に命を託すのは不安きわまりない。

ついでに登ったところで教会自体は女人禁制ってこともあり、結局登らなかった。

安全管理とかツッコみだすと本当にきりがない。笑っちゃう。


でも(さっきいった事と矛盾するかもしれないけれど)、
アフリカの、このラフさを残している面は決して嫌いじゃない。

12.14.2012

任国外:エチオピア② 教会編


エチオピア北部はエチオピア聖教の由緒ある教会が有名。
今回の旅のメインも教会巡り。

ゴンダールはダブラ・ブラハン・セラシエ教会の
教会の天井いっぱいに描かれた顔だけ天使。
微妙に視線が皆違う方向を見ているのは「神はあらゆる方向を見ておられる」ということらしい。
・・・守られているというよりも見張られているような気分になるのは自分に信仰がないせいだろうか。

この天使に限らず、エチオピアのフレスコ画に描かれている聖人は、肌が黒くて目がぱっちり、つまりアフリカ人の特徴を持っているのが面白い。


最大の目的地は、巨大な岩盤を彫りぬいた教会群で有名なラリベラ。
世界遺産。

には、


保護のため屋根がかけられている

仕方ないけど、ちと殺風景。


こちら、まだ屋根に覆われていない聖ゲルギオス教会。
上から見ると十字の形をしている。
青空の下、美しい。

ここも将来的には透明な屋根で展望地を含めて覆う構想があるらしい。
(やめとけば?といいたいところだけれど保護もせんといかんし・・・)


12世紀にラリベラ王が一大事業として建設したこの教会群は、信仰の場として今日も普通に使われている。
岩盤から直接彫りぬかれた高さ10m以上の柱が圧巻。
聖救世主教会。

ちょうど月に一度の「ゴールドクロス」を使った礼拝の日だったということもあり、特にたくさんの人が礼拝に訪れていた。
ゴールドクロスを手に礼拝を行う司祭たち。
(暗いのでゴールドっぷりがイマイチわかりにくい)

・・・ここのゴールドクロスは一度盗まれ、無事帰って(買い戻されて)来たらしい。
エチオピア教会のクロスはいわゆるシンプルな十字架ではなく、それぞれの教会でそれぞれのオリジナルデザインがあり興味深い。
(=つまり、もし盗まれてもどこかに行っても、もともとどこのものか見る人が見ればわかる)

教会に入る前に、人々は靴を脱ぎ、跪いて教会そのものに口づけをする。
我々を案内してくれているガイドも、まず入る前にそれをする。
強い信仰がしっかりと根付いているのを感じる。
ちょっとチベット仏教とか密教とかに通じるような厳粛な雰囲気がある。

ウガンダ人も敬虔なクリスチャンが多いけれど、祈りの途中で泣いたり、叫んだり、歌ったり、笑ったりと全身と全力で祈りを表す。
それとは違う、静かな祈り。


何にせよ、
12もの教会を(規模の大小やデザインの濃淡はあるにせよ)岩から彫りぬいた技術にはただただ驚嘆。

「この教会群は、何人ぐらいの大工がどれくらの年月をかけて作ったんだろう」

とガイドに質問したところ。

「人じゃない。天使が作った。」

「・・・ラリベラ王の事業だって言ったよね、さっき」
「そう。でも作ったのは天使」

言い切られる。

博物館には当時、設計の為に作ったと考えられている教会のミニチュア模型があった。
アレは天使との打ち合わせに使ったんだろうか。


今回の旅行で、建設の技術に驚嘆した場所がもうひとつある。
古代エチオピア時代の神殿である「イェハ遺跡」。
あとから十字架をぶちぬいてキリスト教の礼拝所としても使われるようになったこの神殿。
直角に切り出されたブロックが隙間なく垂直に積み上げられている。
紀元8世紀ごろの建築物だとは思えない精密さ。


・・・今は、どこ行っちゃったんだろう。
古代エチオピア人とか「天使」とかの技術。

12.12.2012

任国外:エチオピア① たべもの編


そろそろ帰国も近いのでちょっと番外編。
最後のお休みを利用して、11月末~12月上旬、エチオピアを旅行してきた。

同じアフリカでも、他の国と比べてみるとウガンダらしさがよくわかる面もあり。
今回は特に、東アフリカのなかでも独自の文化の色合いが濃いエチオピアなので色々と興味深かった。

まず食べ物が圧倒的に違うので面白い。


街角で飲む
しましまフルーツジュース「チマキ」
ジュースと言うより果物のペースト。飲むんじゃなくて食べる。
しましまの色ごとにイチゴ、オレンジ、バナナ・・・
そしてアボカド!ジュースに?と思いきや
アボカドが生クリームのような絶妙な良い仕事をしている。
安いしビタミンとれるしお腹もふくれるので貧乏旅行には有難い存在。
(砂糖がおそらくハンパなく入っているからカロリーも高い)

フルーツは東アフリカ中にあるのに、なぜこのジュースがエチオピア限定なのか不思議。
どこでも作れそう。
でも基本的におおざっぱなウガンダ人にはこのジュースを彩美しくしましまに盛るのが無理かもなあ・・・。


エチオピアといえばコーヒー発祥の地。
やっぱりコーヒーが美味しい。
日本の茶道のような「コーヒーセレモニー」という様式がある。
空港やちょっとしたレストランでも、この伝統的な形式でコーヒーを淹れて見せているところが多い。
でもやはり一番「おお」と思ったのは、ちゃんとおもてなしとして出して頂いたコーヒー。
炒りたてのマメを丁寧に煮出した濃いコーヒーを、飲茶の茶器のような小さな器で頂く。コーヒーは大変濃いので砂糖を淹れて丁度良い。
味もさることながら、淹れている女性の所作が本当に美しい。
ひょんなことで立ち寄ってコーヒーを淹れてくれた民家のおばあちゃん。
普段着で応対してくれていても気品がある。

余談ながらエチオピアの女性、「世界で一番美しい」と評されることがあるだけあり、本当に整った顔立ちの人が多い。

丁寧な淹れ方、何より美味しい豆を生産できるっていうことは、基本的に勤勉なのかもしれない。
ウガンダのコーヒー豆、本当に残念な感じのが多いんだよなあ・・・
(お茶のほうがメジャーってのもあるだろうけど)


で、エチオピアを代表する食べ物、と言えばコレ、
インジェラ。
発酵した生地を焼き置き(→更に発酵)してあるエチオピアの主食。
その酸味と地味な色合い、薄いスポンジ的質感から
嫌いな人からは「雑巾」と酷評されることもある不思議な食べ物。

わたくしの人生初インジェラ、よりによって民家におじゃましての「どローカル仕様」で頂く。

特大の皿と同じ大きさのインジェラをみなでちぎって、真ん中のシチュー(ワット)を付けて食べる。
インジェラだめな人用か、パンも一緒に供された。

・・・意外と平気。おいしい。
フツーに食べられる。
発酵食品万歳。

ウガンダ人がもれなくバナナを活用するように
エチオピア人のインジェラへ活用術はハンパなく

インジェラでビールも作るし(これも飲んだ。すっぱい)
おやつににパリッパリに焼いたインジェラをかじることも(かじった。不思議な味)

そしてインジェラ極めつけは
インジェラ(プレーン)の中に


またインジェラ(ソースと絡めてある)。

恐るべしインジェラ愛。

バナナをこよなく愛するウガンダ人でも
ウガンダ人でもフツーはカトゴ*をおかずにマトケを食べたりはしない。

このインジェラへのこだわりからは、何かエチオピア人の頑固さというか、ある種の主張のようなものを感じざるをえない。


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*カトゴ=「肉じゃが」のじゃがを青バナナにしたようなウガンダの煮込み。
     味付けはロイコ(=ウガンダ人がこよなく愛する固形スープ)とトマトであることが多い。
     稀にジーナッツソース味が存在するらしいがわたくしはとうとう遭遇せず。残念。